【神機一転】新井良太 ひっそり去るつもりが最高の引退試合に
今オフ、10人の選手が阪神を退団した。コーチなど野球に関わる仕事に就く者、会社員になる者…。それぞれ新しい人生に挑戦する虎戦士の思いを2回にわたってお伝えする「神機一転」。第2回は新井良太内野手(34)に焦点を当てる。
「新井」-。球場で名前をコールされると、割れんばかりの大歓声が響く。打席に立つと、一瞬の静寂が生まれた。打てば歓喜、凡打なら悲鳴。5万人の反応はいつも正直だった。後悔がない、と言えばウソになる。けれど、全力で駆け抜けた12年間に未練はない。
「ふと、野球がやりたいなと思うこともある。でもそんな時に思い出すのは、10月10日の引退試合(中日戦)。終わりよければ…じゃないけど、最高の終わり方をさせてもらった。あの試合が野球人生の中で最高の試合」
プロ12年目の34歳。開幕1軍入りした今季は、2度の抹消などで17試合の出場。若返るチームの中、出場機会も減った。まだ、できる。もう、できない。葛藤の中、客観的な自分もいた。「頭の中で先を計算した。その時点でダメ」。終盤に引退を決断し、金本監督にも報告した。この時点で1軍にこそ帯同していたが、最終戦は安藤の引退試合だった。
会見は翌11日に設定。親しい知人らにも伝えずひっそりと、ユニホームを脱ぐつもりだった。だが、金本監督の“親心”で、事前に周囲には知れ渡る。10日の同戦には六回、代打で登場。その後、守備に就く前に鳥谷が言う。「キャッチボールやろうぜ」。涙が止まらなかった。試合終了までグラウンドに立つと、安藤に続いて胴上げ。「次は良太や」。福留の掛け声だった。
安藤の誘いで2人、グラウンドを一周した。全て事前に予定はなかったが、花道は日の当たる場所を向くヒマワリのように、鮮やかで輝いていた。「あのまま黙って…と思っていたけど。監督をはじめ、周りの方々に感謝しかないですね」。胴上げの写真は自宅リビングに飾ってある。第2の人生を歩む上で、支えとなる思い出だ。
引退後すぐ2軍育成コーチに転身。11月の秋季練習から背番号83で再スタートを切った。「うまい選手より、強い選手を育ててくれ」。就任時、金本監督の言葉に「死ぬ気で頑張ります」と誓った。強い選手-それは現役時代、師として慕ってきた指揮官、兄・貴浩(広島)の姿がダブる。秋季キャンプでは大声で選手を鼓舞した。まずは見て、変化に気付くことから始める。
「身近にスーパースターが2人いたのは僕の財産。本当にみんなにみんなに頑張ってほしい。1人、1人に全力で。そのためのサポートは惜しまない」
かつて自分自身が追い掛けた背中を、今度は指導者として後輩たちに託す。5年、10年後…。遠い未来は描かない。「今日、明日を大事にしたい。一生懸命過ごした先に見えてくると思う」。広陵の中井哲之監督、駒大の太田誠元監督ら、名将の教えも忘れない。超変革を支える。責任は重大だ。第2の人生もフルスイングで駆ける。