横田が涙の引退 目の後遺症で決断…脳腫瘍からの実戦復帰叶わず

 涙をこらえる横田
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 脳腫瘍からの完全復活を目指してきた阪神・横田慎太郎外野手(24)が22日、西宮市内の球団事務所で会見し、今季限りでの現役引退を発表した。球が二重に見えるなどの後遺症もあり、決断した。育成選手となった後も「背番号24を取り戻す」と胸に秘めていたが、叶わなかった。今後も球団に関わる仕事を打診されているが、両親らと相談した上で最終結論を出す。

 無数のフラッシュを浴びた横田は一言一句、丁寧に思いを言葉に乗せた。「自分で決めたことなので、全く後悔はありません。この2年半は苦しかったですけど、自分が野球をやりたいと思って選んだ」と力を込めた。

 引退を決断した理由は「目」だった。17年の春季キャンプ中に脳腫瘍が判明。入院、加療を経て同年8月30日の最終検査で、安定した状態となる「寛解」と診断された。以降は鳴尾浜で実戦復帰を目指してきた。

 ただ、目に後遺症が残り、満足にプレーができる状態ではなかった。「自分で打った打球も全く見えず、ピッチャーに投げてもらう球も二重に見えたり…。目の方がぼやけるということが多かったので、来季続けても厳しい」と考え、選手生活に区切りをつけた。

 闘病時、大きな支えとなったのは両親の存在だ。父の真之さんはロッテなどで活躍した元プロ野球選手。入院中、治療の影響で髪が抜けた際には、丸刈り姿で実家のある鹿児島から病院を訪れたという。「本当に両親が帰った時に一人で大泣きをして、なんて強い父親なんだと思って、お母さんも仕事をためてまでこっちに来てくれて…」。涙腺を決壊させながら、感謝する姿があった。

 16年の開幕、3月25日・中日戦では「2番・中堅」で先発出場。「緊張した。自分の中で足が震えるくらい緊張したし、そこは今でも印象に残っています」。再び、1軍の舞台に戻ることを目標に踏ん張ってきたが、実現できなかった。

 最後にファンへの感謝を口にした。「入院中からたくさんの千羽鶴や手紙をいただいて、もう一回グラウンドでユニホームを着て、戻ってこられたのは本当にファンの皆さまのおかげです」。もう一度甲子園で、背番号24で戦いたかった-。思いを胸にしまい込み、背番号124が静かにユニホームを脱ぐ。

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