阪神外国人選手列伝 2008年「ヒロシ」と愛称ついた真面目助っ人を覚えてる?
阪神は2020年、球団史上最多となる外国人選手8人体制でV奪回に挑む。球団創設85周年のメモリアルイヤー。かつてタテジマのユニホームに袖を通した助っ人を年度別で振り返る。2008年はアッチソン、フォードが加入。バルディリス、オヘイダと育成契約。シーズン途中にリーソップを獲得した。
アッチソンはメジャーではリリーフ専門。先発はレッドソックス時代の1試合のみだったが、移籍当初は先発で起用された。4月1日・広島戦の初勝利から15日・同戦まで開幕3連勝。阪神ではバッキー、ムーアに次いで3人目の記録で新外国人では初めてだった。しかし、6月に調子を落としてファームへ。8月にリリーフで復帰した。
来日1年目は42試合、7勝6敗、防御率3・70。翌年は藤川との「AFコンビ」で10月7日・広島戦まで22連勝を飾った。この年、ウィリアムスに並ぶ外国人シーズン最多75試合に登板し、防御率1・70と活躍。球団は残留を望んだが、本人の希望で退団となった。デイリースポーツの取材に右腕は「温かい声援を送ってくださったファンの皆さんには本当に感謝しています。阪神のファンは世界一です」と別れを惜しんだ。
フォードは来日時に「走塁でも守備でも練習の時だって100%のハッスルプレー」とセールスポイントを明かし「フライが来ればカベがあろうが、何があろうが突っ込む」と宣言。しかしシーズンでは47試合に出場して打率・225、3本塁打、11打点だった。
ベネズエラ出身のバルディリスはオヘイダと共にテストで育成選手として入団。5月に1軍昇格し、守備面を買われ77試合に出場した。「ヒロシ」と呼ばれ、ひたむきな姿はファンの共感を呼んだ。09年はファームで首位打者になったが、1軍23試合と出場が激減。戦力外通告を受け、岡田監督が率いるオリックスに移籍して才能を開花させた。10年から13年までオリックス、14~15年は横浜DeNAでプレーした。
08年は藤川が北京五輪に出場。代役守護神として白羽の矢が立ったのが、同年メジャーで16試合に登板していたリーソップだった。7月下旬に来日。最速158キロを誇り、「ここで成功したい。強いチームでやりがいがある。チームと一緒にプレーオフに出て、その成績の中に自分がいたい」と意気込み、優勝請負人と期待された。だが8試合で0勝2敗、防御率6・75。チームは優勝を逃し、CS第1ステージで敗退。岡田監督が辞任した。