【とらものがたり・村上頌樹投手編(4)】野球人として成長遂げた智弁学園時代

 18年ぶりのリーグ優勝、38年ぶりの日本一に貢献した阪神選手の野球人生に迫る新企画「とらものがたり」。大竹耕太郎投手に続く2人目は、プロ未勝利から今季のMVPに輝くまでの大ブレークを果たした村上頌樹投手(25)が登場する。第4回は智弁学園を初の甲子園Vに導いた2016年のセンバツ大会を振り返る。

  ◇  ◇

 打球が中堅の頭上を越えると、聖地が揺れた。延長11回、人生初のサヨナラ打で決めた智弁学園にとって初の甲子園V。全5試合を1人で投げ抜いた2016年のセンバツ大会なくして、村上は語れないだろう。

 「甲子園に出られることが条件だった」。聖地への強い思いを抱き進学した智弁学園での3年間を、野球人生におけるターニングポイントに挙げる右腕。「野球的にも、人間的にも勉強できました」。小坂将商監督(46)から特に説かれたのは「道具の大切さ、自分一人で野球はできない」ということだ。

 「道具は親が働いてためたお金で買ってくれたものだから上をまたぐなとか、ボールは投げるものだから蹴って集めるなとか。他の人に支えられて野球ができているということを一番教わりました」。恵まれた才能をのびのびと伸ばしてきた右腕だが「今までそんなこと考えたことなかった」と明かす。「大切なことだと気付いて、今でも思ってます」とプロ入り後も心に刻んでいる教えだ。

 “事件”もあった。センバツ出場を左右する2年秋の近畿大会。チームは準々決勝で大阪桐蔭に4-9で敗れ、ベスト8に終わった。村上は9失点完投。「悔しくて、自分にイライラして…」。試合後の取材対応では誠意を欠く態度が出た。これが小坂監督の逆鱗(げきりん)に触れた。「激怒って感じでした」。野球の技術や結果以上に、周囲への敬意を欠く態度が指揮官には許せなかった。「そこから意識は高くなりました」。激しい悔しさと恩師の“雷”が奮起の原動力となった。

 春の栄光のイメージが先行するが、最後は悔しさで幕を閉じた。連覇を夢見た3年夏の甲子園は2回戦で敗退。「ここで自分まで泣いてしまったら、みんなに申し訳ない」と笑顔で聖地のグラウンドを去った。だが-。

 甲子園から戻り、バスを降りようとすると、我慢していたものがあふれ出した。「みんなともう野球できひんのかって考えたら、泣いちゃいました」。新チーム発足後は奈良県内で負けなし。春夏通じて甲子園全7試合でマウンドを守り抜き、投じたのは実に921球。後に本拠地となる舞台で、喜びと悔しさを味わい、村上は野球人として成長を遂げた。

 ◆村上 頌樹(むらかみ・しょうき)1998年6月25日生まれ、25歳。兵庫県南あわじ市出身。175センチ、80キロ。右投げ左打ち。投手。智弁学園3年のセンバツで優勝し、東洋大を経て20年度ドラフト5位で阪神入団。21年に2軍で最多勝、最優秀防御率、最高勝率の3冠。22年も最優秀防御率、最高勝率の2冠。21年5月30日・西武戦で1軍初登板初先発。今季は最優秀防御率のタイトルを獲得するなど大ブレークしてリーグ優勝&日本一に貢献。セ・リーグMVPと新人王をダブル受賞した。

関連ニュース

編集者のオススメ記事

阪神タイガース最新ニュース

もっとみる

    スコア速報

    主要ニュース

    ランキング(阪神タイガース)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス