【阪神ドラフト選手特集・今朝丸裕喜(上)】とにかく外で遊ぶのが好きだった幼少期
阪神ドラフト指名9選手(1~5位・育成1~4位)の連載をお届けする。ドラフト2位の今朝丸裕喜投手(18)=報徳学園=は2年連続センバツ準V右腕の逸材だが、野球を始めた時は驚かれたという。
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2006年6月2日、今朝丸家の次男として裕喜は生まれた。幼少期からとにかく活発。父・裕さんは懐かしそうに振り返った。「とにかく外で遊ぶのが好きやったからね」。週末は兄や姉と一緒に公園へ。「どこか連れて行ったらお金かかるやん」と笑い、広い公園で遊ばせた。
野球にサッカー、バレーボール、バドミントン…。「走り回ったり、動くことは大好きでしたね」。兄が野球をしていた影響もあり、3歳の頃には自然と野球ボールを投げていた。小さい頃から夢はプロ野球選手かと思いきや「小さい時はないですね」。サッカーに夢中になったこともあり、少年野球を始めたことに驚かれたほどだった。
性格はマイペース。「今と何も変わらず。自分が大好きですよ」。裕さんは怒った記憶もあまりないという。「『やっとけ』って言われたことはきっちりやってたね」。コツコツ、真面目にできるタイプ。その姿は日常生活から見られた。
友人が自宅に来て、食事の後にはみんなで携帯ゲーム。ただ、裕喜は気づけば寝ていた。中学時代も周りの友人がジム通いをサボる中、欠かさずにトレーニング。「それぐらいしかできへんけどね」と裕さんは笑うが、小さな積み重ねが裕喜を成長させた。
ケガをしないための柔軟は日課。水泳を習わせたのも、肩周りの可動域を広げるため。大谷翔平(ドジャース)が左右の肩甲骨をくっつける映像を見つけると「やってみたい!」。すぐに実行に移し、できるようになった。開脚も180度まで広げられる。裕さんは「単純なんよね」と再び笑ったが、野球への努力は惜しまなかった。
裕さんも高校まで野球をしていたが、裕喜とのキャッチボールは高校1年で断念。「2年生ぐらいからは無理やなと思った」。成長が近くで見て取れた。ドラフト2位で地元の阪神へ入団。これからも一番の応援団ではあるが、初めて親元を離れることになる。
高校野球を引退後、久しぶりに家族旅行へ出かけた。「急に裕喜が『連れて行け』って言うから」。昔、家族で旅行した淡路島の民宿へ。「小さい時にも行ってたから、もう一回、回ったみたいな感じやね」。つかの間の休息を楽しんだ。
プロ野球の扉を開き、次の旅行は何年後になるかわからない。でも、裕さんは願う。「息の長い選手でやってくれたら一番いいですね」。裕喜の目標は200勝投手。「200まで数えられるんかな。1の次が200ぐらいやと思ってるんちゃうかな」。期待を込めての冗談。裕さんはちゃめっ気たっぷりにエールを送った。
◆アラカルト
◆生まれ 2006年6月2日 神戸市出身
◆サイズ 187センチ、77キロ。右投げ右打ちの投手
◆球歴 小学時に横屋川井少年野球部で野球を始め、本庄中時代は関メディベースボール学院中等部に所属。報徳学園では1年秋からベンチ入り。2年春から2年連続センバツ準V。3年夏は甲子園初戦敗退。U18日本代表
◆家族構成 父、母、兄、姉
◆趣味 寝ること。音楽を聴くこと
◆好きな食べ物 ラーメン。寿司(マグロ、タコ)
◆好きな歌手 back number
◆好きな言葉 笑顔