小料理屋さん夫婦に作ってもらった秘薬

 金本知憲氏がプロ野球人生の秘話を語る連載「21年間の舞台裏」。プロ3年目の94年6月にプロ初盗塁を記録したが、そのプレーで右手中指を突き指。痛みに耐えきれず、大阪・江坂の小料理屋さんに駆け込んだ。そのワケは…。

 里芋?いや、山芋だったかもしれません。すってショウガと混ぜ合わせればいい。ラップに包んで患部に巻けば、湿布代わりになる。腫れはひくし、ねんざにもよく効くんだ。マジか…。

 プロ初盗塁の夜です。ヘッドスライディングで突き指してしまって。応急処置ではどうにもならないほど、右手の中指は腫れあがりました。ある先輩から山芋の話を聞いた僕は、ワラにもすがる思いで街に出ました。

 居酒屋に行けば何とかなる。ナイター後の深夜です。大阪の江坂にあった宿舎の近所をあてもなく探しまわり、駆け込んだのは、閉店間際の小料理屋さんでした。

 中年のご夫婦できりもりしている小さなお店です。山芋とショウガ、ありますか?ねんざによく効くと聞いて…。事情を説明すると、おかみさんが快く準備してくれました。「おにいちゃん、なんかスポーツしてんのか?」。大将にそう聞かれ、野球をやってまして…と。僕のことなんて、知るわけがありません。

 おいくらですか?財布を出すと、ご夫婦は笑って手を振りました。「いらん、いらん。何もんか知らんけど、おにいちゃんみたいな若いもんが必死でやってる姿はええもんや。そんな人からお金なんか取れるかいな」。その夜、祈るような思いでラップを巻きました。

 ご夫婦の気持ちがすごくうれしくて、広島に帰ってすぐに礼状を書きました。「カープの…」とは記さず、感謝の気持ちを込めて。山芋の秘薬?これがもう、めちゃくちゃ効き目があったのです。

 同僚を連れて何度かその店に通いました。ある夜、佐々岡真司投手と一緒に行くと大将から「あれ、もしかしてあんたも野球選手か?」と、突っ込まれました。91年に沢村賞をとった佐々岡さんのことは、さすがに知っていたようです。翌年、カープの宿舎が宝塚に変わり、ご夫婦とは疎遠になりました。宿舎が転々とする間に、店は移転したと聞きました。当時、大将は50歳くらい。あれから、もう18年です。

 のちにファンからいただいた手紙を見て、驚きました。「山芋とショウガをもらった大阪の店を覚えていますか?今も店に飾ってあるんですよ。金本さんが書かれたお礼状…」。大将、おかみさん、お元気ですか?

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