トリプル3達成、下向いてベース回った

 金本知憲氏がプロ野球人生の秘話を語る連載「21年間の舞台裏」。プロ野球の歴史で3割30本塁打30盗塁を“達成”しながら、トリプル3の記録に名を残せなかった選手がいた。伝説の男はミスタープロ野球…。

 実は、あのスーパースターもトリプル3をやっていたのです。伝説の失態さえ、なければ…。

 00年、僕はプロ野球史上7人目の3割30本30盗塁の達成者になりました。でも、本当は8人目だったこと、ご存じでしょうか。後に聞いた話です。1958年だから、僕の生まれる10年前。9月に後楽園球場で行われた巨人対広島戦で、その年、巨人軍に入団した大物新人が28号ホームランを打ちました。いま知れば、そんなことあるの?と驚くようなプレーですが、その選手は一塁ベースを踏み忘れたといいます。記録はピッチャーゴロになるそうです。その年の成績を見ると、打率・305、37盗塁、29本塁打。ベースを踏んでいれば新人で史上4人目のトリプル3という、とんでもない大記録が生まれていたことになります。

 長嶋茂雄さんです。僕は00年の最終戦であと1本打てなければ、記録を達成できなかった。でも、29号で終わってもミスターと並べるのだから格好いい。光栄じゃないかと考えていました。結果的には、本当に打てて良かった。ベースを回るとき、僕はずっと下を向いていました。心の中ではVサインです(笑い)。

 その夜、達川監督やチームメートから次々にお祝いの言葉をもらいました。なかでも、うれしい言葉がありました。「お前のトリプル3は本当に価値がある。ケガ人が多くて、相手のマークが一人に集中するなかで、孤軍奮闘でやった記録。本当によくやった。おめでとう」。野村謙二郎さんがそんなふうに褒めてくれたのです。

 00年のカープは主力に故障者が続出しました。野村さんは足の故障で出場選手登録を抹消され、緒方孝市選手、前田智徳選手もケガで不在。江藤智選手も前年のオフにFAで巨人に行ってしまった。野村さんは95年にトリプル3を達成した人です。重みが分かるからこそ、出た言葉だと思います。全試合に出て、苦しい時期もあったけど、野村さんの言葉で報われました。

 僕が引退した昨年、カープの野村謙二郎監督はデイリースポーツの紙面を通じて、こんな言葉を贈ってくれました。「想い出はたくさんありますが、俺と前田と緒方が外れた時のトリプル3は本当にすごかった!」。まさか、もう一度、褒めてもらえるなんて、夢にも思いませんでした。

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