阪神・梅野、近本の死球は自分でどうにかできたアクシデントではない【20】
やれることをやっていくだけ。当たり前のように思える言葉だが、だからこそ阪神・梅野の悔しさがにじんでいる。デイリー主催のタイガース激励パーティーに、何度も主役で参加してもらった。どんなときでも安心できる。捕手にふさわしい人柄だ。
やれることをやる。簡単そうだが、なかなかできない。やれることをやらない人がいる。やれないことをやろうとして、勝手に落ち込むタイプもいる。13日・ヤクルト戦で左手首の骨折。死球は、自分でどうにかできたアクシデントではない。
わたしは昨年の大みそか、肋骨を2本折った。自宅の階段で滑って、まともに右わき腹から落ちた。手に荷物を持っていた。全くの不注意。自分でどうにかできたアクシデントだ。痛くて起き上がれなかった。
はうように車に乗り、救急の病院に行った。「折れてますね」。エックス線写真を見せられた。「治療方法はありません」。痛み止めの薬をもらうだけ。骨がくっつくのを待つしかない。
とにかく痛い。寝返りや、動こうとすると激痛が走る。正月はじっとしているしかなかった。痛みは2週間続いた。気にせず動けるようになるまで1カ月かかった。
比べるのは失礼だが、近本が2週間で試合に出たのには驚いた。梅野も一日でも早い回復を祈る。近本は死球に対して、振り返ることも反省することも何もないと、あえてやり過ごそうとした。
後になって「いい休養でした」とコメントしたところに、近本のすごみを感じた。10連勝は近本がいなければ、成しえなかった。今までにないタイプの野球選手だ。冷静沈着で淡々としているように見える。当たり前のようにコメントする頭の良さがある。ところが冷めてはいない。熱血漢でもある。体を張った熱いプレーを惜しまない。
イチロータイプかなあと岡田監督に言うと、うんうんとうなずいた。「盗塁のスタートは、100%でないと切らない」と岡田監督は表現する。イチロータイプというのはあくまで野球のスタイルで、性格や生き方は違う。
ふたりに共通する野球スタイルは、几帳面ですべてのプレーを想定しながら動くこと。イチローは「投手の攻め方の基本は内角高めの速い球と、外角低めに落ちる球」と言う。
その上で「内角は最悪でもレフト前に落とすヒットにできる。だから打席で意識するのは外に落ちる球だけ」と言う。近本もその域に近づいている。ヒットでいいならいつでも打てる…。グラウンドで起こることを想定内にするために、計算されたルーティンを曲げない。
近本に「足が速くて軽快に動くには、ストッキングを見せるスタイルがいいのでは」と聞いたことがある。「いや僕はスライディングした時に、スパイクに土が入るのが嫌なんです。だから上着もベルトを隠すように着ています」。野球経験者なら分かる。
従来のユニホームスタイルなら、足から滑り込むとスパイクに土が入るし、ヘッドから滑るとベルトが土を噛(か)み込む。暑い夏場など、ユニホームの中に入った土がざらついて、気色悪い。いまの足首まで隠れるラッパズボンのようなユニホームは好きではないが、近本の言うような効能があったとは、初めて気付かされた。
ユニホームのスタイルだけでなく、イチローもまたすべてのルーティンにこだわりがあった。それは2020年、神戸で開かれた全国新聞大会で、ゲストスピーカーを頼んだ時に感じた。(特別顧問・改発博明)
◇改発 博明(かいはつ・ひろあき)デイリースポーツ特別顧問。1957年生まれ、兵庫県出身。80年にデイリースポーツに入社し、85年の阪神日本一をトラ番として取材。報道部長、編集局長を経て2016年から株式会社デイリースポーツ代表取締役社長を務め、今年2月に退任した。