2・28の決断
【4月6日】
ランディ・メッセンジャーは日本語で穏やかに答えたそうだ。「ハイ」。年に一度、たった一人にしか通達されない特別な儀式はほんの2、3分で終了したという。沖縄キャンプ打ち上げの2月28日。梅野隆太郎の手締めで輪が解けると、金本知憲は宜野座球場の監督室にメッセを呼んだ。「ランディ、あなたに開幕投手を任せるよ」。2人は握手を交わし、この瞬間から金本阪神2年目のキャンバスに筆が入れられていくことになる。開幕から31日前のことだ。
金本はキャンプ総括会見で開幕オーダーについて「ある程度は考えているけれど、今、カチッとこれでいくとは言えない」と話していた。ある程度…。取材する側としてはこの表現は気になる。指揮官は昨秋から「レギュラーは孝介と糸井だけ」と語ってきたが、このとき、少なくとももう1人のレギュラーが決まっていたと思う。
3・31の試合後、カープの虎担当スコアラー玉山健太は僕に話していた。一塁ベンチからマウンドのメッセを見つめ、昨季までとの変化をはっきり感じたという。
「ランナーを背負うとカリカリしやすい性格だと思うんですけど、ランナーが出ても落ち着いていましたよね。それはすごく思いました。開幕でも立ち上がりから気負った様子もなかったですし…」
5回途中7安打4失点(自責2)。本人も納得の内容ではないが、それでもマウンドで平静を装い、開幕星を呼び込んだ。あれから中5日で臨んだこの夜、メッセは三回に少しイラッとするそぶりを見せた。ボールが上ずり、顔をしかめる。5回1/3で126球は褒められた内容じゃない。それでも数字の割に大崩れせず、ゲームはつくった。背番号54のメンタルが安定するようになったワケ。このアンサーはあまり表に出ない数字が示している。メッセの環境で変わったもの…誰だって分かる。そう、梅野が女房役になったことだ。
イライラの外国人投手を崩す鉄則は足攻め。どの球団もそのタイミングを見計らってくる。昨季を振り返ると、メッセは8度盗塁を企図され、5度許していた。計28試合の登板で組んだバッテリーは原口文仁と16試合、岡崎太一と12試合。2軍暮らしの多かった梅野とは1試合も組んでいない。ちなみにメッセが梅野と組んだ15年、盗塁阻止率は10割であった。
「梅野は捕ってから速い。ワンバウンドの変化球でも二塁への送球がすごく正確になった。ランナーはスタートを切りにくいし、投手はものすごく助かる」。京セラのネット裏にいた中日スコアラー佐藤秀樹が解説してくれた。この夜、メッセは初回から六回まで毎回先頭打者を出しながら、燕の盗塁企図は0。トリプル3の山田哲人は五回まで2度先頭で出塁したが、梅野の肩がストッパーになったように思う。打てる捕手として原口を重用し、「今季も…」と期待していた金本が沖縄で大きな決断を下していた。正捕手は梅野。メッセのメンタルが安定した理由の一つがそこにある。=敬称略=