王貞治のスピーチ
【5月10日】
関係者のエントランスから東京ドームへ入ると、ドームの歴史を振り返るメモリアルプレートが目に入る。開場は1988年3月だから29年前。こけら落としは巨人対阪神のオープン戦と記されている。当時、虎の将は村山実。巨人を率いたのは王貞治。両軍の永久欠番が指揮を執った「伝統の一戦」でドーム時代の幕は開けた。
今、巨人軍のベンチに背番号1の選手はいない。野球ファンでなくとも、その理由は分かる。ではいつからいないか。答えは1989年から。王がドーム元年限りで監督を退任し、以来29年間、巨人には背番号1が不在である。
阪神のベンチには背番号1の選手がいる。野球ファンなら、その名は知っている。鳥谷敬。前年不振を極めた元主将が今年は好調猛虎をけん引している。年齢的には体力の曲がり角。昨季は攻守で綻びが目立ったが、今年は生き生きと復活を遂げている。虎の背番号1が永久欠番になるかどうかはともかく、レジェンドに近い存在になったことは間違いない。
「一番はメンタルじゃないか。開幕カードから(打撃面で)つまずかなかったことで気持ち良くやれていると思うよ。あとは大きいのがな。確かまだないんよな」
9点差逆転の再現はならなかったが、反発力は示した。背番号1は1打点3四球。試合後、金本知憲に鳥谷好調の理由を尋ねると、そう答えた。精神面の充実度は表情を見れば分かる。そのうえで、開幕から32試合ホームラン「0」を解消できれば「文句なし…」と言いたげだった。金本は「35歳の鳥谷」が命運を握ると見る。彼が快調で軸を担ってくれれば…。監督就任以来、ずっとそう考えてきた。35歳はバリバリ。誰より自身がそう捉えてきたからである。
かつて、王の言葉が支えになった。金本が3割30本塁打30盗塁を達成した2000年のオフ。プロ野球コンベンションでパ・リーグV監督の王がこう語ったという。
「野球道とどまるところなし。もっともっと、上を目指したい」
壇上の王を見上げながら、そのスピーチに心を打たれた。
「あの王さんがそう言う…。向上心をあおられたよ。もう一度トリプル3を達成してやる。いやもっと上、40本塁打、40盗塁を目指してやると本気で思ったから…」
当時、金本は32歳。筋力の数値は過去最高だったが、体力の維持に敏感になっていたころだ。
「カール・ルイスだってアトランタ五輪で金メダルを獲ったのは35歳だった。30代半ばはまだ衰える年じゃない。ルイスと同じはかりで見るのは違うかもしれないけど、俺だってできるかもって…」
金本はその後、37歳にして打撃全部門でキャリア・ハイを達成する。くどいようだが、虎の背番号1はまだ35歳。野球道、とどまるところなし-である。鳥谷が打点を挙げた試合はこの日まで7戦7勝だった。だから二回の犠飛で「きょうもいける」と思わせた。バリバリの背番号1が軸になれ…。金本はそう願ってやまない。=敬称略=