13連敗の記憶
【6月9日】
読売巨人軍の打撃コーチ、江藤智の連絡先を知っている。カープを担当した90年代、同級生のよしみで交流を持つようになった。FAで巨人へ移籍した後も節目で連絡を取り合い、よく食事へも出掛けた。今も球場で会えば話し込む仲。それでも、だ。軽々に携帯なんて鳴らせない。江藤は今、高橋由伸の隣で何を思うのだろう。
巨人の連敗が「13」に伸びた。京セラを離れ、メットライフドームの試合を見させてもらったが、やはり要所で基本を怠っている。ひとつの走塁、ひとつのベースカバー…。ただ巨人の選手は今、尋常な精神状態で戦っていないのも事実。だから、綻びは必然。最悪のスパイラルを抜け出すには…それこそ、軽々に論じられない。
13連敗…。ついに阪神のワースト記録も超えてしまった。虎は野村克也が率いた99年に12連敗を喫したことがある。9月28日のカープ戦(広島市民球場)。敵軍の4番、金本知憲に2安打されるなどどん底へ。連敗記録は球団ワーストに並んだ。この試合を知る男が現在の阪神ベンチにいる。
「12連敗?野村さんのとき?いや、覚えてない。ゴールデンウイークが終わったら(シーズンが)終わったような感じだったしね。負けた後のコーチ会議が大変だったことは、よく覚えているよ」
当時一塁コーチャーだった、現チーフコーチの平田勝男はあの歴史的な連敗が記憶にないという。負けがこみ、どの連敗が「12」まで伸びたか思い出せないそうだ。
阪神の現場でも巨人の話題になる。けれど、誰も「13連敗」を笑う者はいない。選手に話を聞いても同じ野球人として伝統球団へのリスペクトがある。と同時に、対岸の火事じゃない、明日は我が身…そう感じているようにも映る。
平田は言う。
「あのころの阪神は3年連続最下位のチーム。今の巨人はそれとは違うと思う。ただ、こっちは他人事だとは思っていないけど…」
さて、この夜の阪神はなぜ接戦を取れたのか。もう、福留孝介の二回の走塁に尽きると思う(詳しくは虎番の紙面を)。40歳があれを普通にやる。巨人どうこうではなく、少なくともこういうチームは大崩れしない。暗黒時代を知る平田も彼を頼もしく感じている。
13連敗…。実は金本知憲にも経験がある。99年の6月終盤から7月中旬にかけて達川光男率いるカープが泥沼に落ちた。同7月13日中日戦で星野中日に敗れ、球団のワースト記録に並ぶ大型連敗…。
「13連敗?あったかな。ちょっと覚えてないな。あのシーズンは負けるのが当たり前のようになっていたし、ぎりぎり最下位を脱出したくらいだったから。あの年は江藤が4番だったな…」
金本は古い記憶を辿った。
当時、劇的な一打でカープの14連敗を阻止したのは江藤智。彼は今、巨人軍であえいでいる。今年の屈辱は10数年後、いや永久に忘れないと思う。負けが当たり前のチームじゃないから…。
「強い巨人を倒したい」
金本の口癖である。=敬称略=