例えでいうと、甲斐拓也

 【11月9日】

 「風は誰に入れたんだ?」

 先の日本シリーズ取材中、東京の大ベテラン記者から聞かれた。

 この時期、NPBから一定のキャリアを経た運動記者に投票用紙が届く。リーグMVP、新人王、ベストナイン…。そして、ウェブ投票で三井ゴールデン・グラブ賞も。大先輩はセ・リーグMVPを少し迷ったそうで、僕が誰に投じたのか気になったようだ。

 その場にカープOB会長の安仁屋宗八がいたので尋ねてみた。

 「安仁屋さんが新聞記者なら、今年は誰に投票しますか?」

 「MVP?ワシなら、菊池に入れる」。即答だった。先輩記者は「そういう手があるか…。目につく数字だけではかれないものですもんね」と頷くと、安仁屋は「その通り」とヒゲをさすっていた。

 「ほかにも何人か素晴らしい候補はおるけど、誰か一人といわれれば、ワシは菊池じゃ。打率だって序盤は良かったし、毎年のことじゃけど、何よりあの守備よ」

 野手なら打の貢献度(=打率、本塁打、打点の3部門)を基準にすれば分かりやすいが、投手出身の安仁屋にとって、守の貢献は濃度次第で打を凌駕するのだろう。

 「カープにあいつの代わりはまだおらん。そう思わんか?」

 なるほど。MVPこそ、数字での評価が困難な守備力の功績を記者の目で重視するべきか。

 セ最多受賞、そしてセ・パ最多得票は菊池涼介だった。この日発表されたゴールデン・グラブ(G・G)賞である。6年連続6度目。そしてダントツの得票数256。ここで書くのも何だが、当方も迷わなかった。山田哲人が気の毒になるけれど、セでこの牙城を崩すのは至難の業。でも、だからこそ他5球団の二塁手は守の磨き甲斐があるというものだ。

 甲斐といえば…片やパ・リーグで他を圧倒したのが、ご存じ甲斐拓也である。日本シリーズを全戦取材させてもらったが、彼のキャノン肩は僕がいうまでもなく半端なかった。得票数217は2位の千葉ロッテ田村龍弘と197差。セの二塁部門同様、パであのインパクトを上回るツワモノの出現もまた来季以降の楽しみになる。

 「例えでいうと、誰かな。あ、甲斐拓也です。あいつは捕るときに、一歩こういうふうに出るんですよ。自分もあいつと似たイメージで…こういくんですよね」

 このコメント、主は梅野隆太郎である。およそ9カ月前の…。

 2月の沖縄キャンプ、その初日に僕は梅野と二塁への送球談議を交わした。頭で考えていることと実際の動作を一致させることは難しいか?そんな問い掛けに、梅野は身ぶり手ぶりで答えてくれた。

 「投げる前に、まず捕る動作なんです。キャッチングの際のミットの角度というか…。例えばスライダーはこういう角度で入ってくるとか、実戦を重ねるごとに、すごく感覚が合ってきました」

 最下位球団で捕手が受賞するのはセ・リーグ初なんだとか。宜野座で聞いた送球の妙…今年はずっと注目していた。梅ちゃん、念願のG・G賞受賞、おめでとう。=敬称略=

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