もしも、君がひとりなら
【5月28日】
新庄剛志の部屋からDA PUMPのヒット曲『if…』が流れてきたことを思い出す。あれは2001年の春だから20年以上前の話になる。場所は米国フロリダ州の長閑な街だった。
もしも 君が ひとりなら~♪
僕も同じCDを持っていたから懐かしいし、いまも口ずさめる。
FAで阪神を出て行ったプリンスを追って渡米し、移籍先メッツのキャンプを取材したわけだけど、新庄がフロリダで滞在したホテル「マリオット」に日本からのメディアも同宿。僕はたまたま隣の部屋になった。毎朝窓を開ければ心地よい風…。隣室から心地よい旋律…。イチローが海を渡ったその同じ年にメジャー挑戦したので、当時全国的な注目度は負けていたかもしれないが、関西の紙面は連日「SHINJO」祭りだった。
「みんな、ストーカーだよね…」
米国まで大挙押し寄せた虎メディアを眺め、半分ホンネで笑っていたけれど、本人は孤独だったかもしれない…ってな昔話を書きながら、日本ハム監督3年目の新庄を甲子園に迎えるという、今もまだ不思議な感覚である。
鳴尾浜で正座する新庄。一時雲隠れした新庄。キャンプで投手に挑戦した新庄。敬遠球を打った新庄…すべてリアルタイムで取材してきたけれど、僕は好きだったなぁ…。福山雅治の『桜坂』をテーマ曲に打席へ向かう背番号5は渡米前の00年に28本塁打。あのバット投げ、最高にカッコ良かったし、彼が阪神の立派な4番打者だったことを知るプロ野球ファンが年々少なくなることがちょっと寂しかったり。
「何が素晴らしいかって、阪神園芸さん。その努力はずっと見てきているから。グラウンドの整備だけでなく、試合を真剣に見てくれているんです。だから僕、コーチに聞くよりも阪神園芸さんに聞いてますもん」
今回、新庄カントクは甲子園に来る前にハム担当の記者にそんな阪神時代の思い出を語ったという。
打席に入り、バットを空に掲げて伸び上がるお馴染みのルーティンも「阪神園芸の方のアドバイス」によるものだったとか。
これは僕のモノサシだけど「一流」って何が凄いかって耳を傾ける相手を限定しないこと。プロ熟練の指導者が全て正しいと思い込まないこと。
僕のような一介の記者に「これってどう思う?」と、打撃の悩みを相談してきた一流選手が過去に居たけれど、「奇想天外」といわれてきた新庄の思考、発想こそ昔から無限大だった。
そんな男だけど口でどう語ろうと、虎の4番を担うプレッシャーは間違いなくあったと思う。
そういえば、敵ボスは2年前の交流戦で大山悠輔を褒めていたっけ。
「ボールを打った後のヘッドを返さないというか、前が大きい。スイングに乗せていくっていうバッティングが出来ていますよね」
4番はときに孤独になる。もしも、君がひとりなら…懐かしいそんな旋律を口ずさみながら、背番号3の本領を待つ雨の甲子園である。=敬称略=