「恩人」から秋山拓巳へ…
【9月17日】
ベルーナドームへ出発するオリックスのヘッドコーチをつかまえた。こんな時期に何の取材かと思わせたかもしれないが、ほかでもない。かれこれ20年来の付き合いだから、ご容赦を…。
「おう。新聞でチラッと読んだよ。俺の名前が出るとは思わなかったからちょっと驚いたけどね…」
水本勝己である。
先ごろ現役引退を発表した阪神の秋山拓巳がこんなふうにその名を口にしていた。
「オリックスの水本ヘッドコーチが広島の2軍監督をされているときに、『ファームからはい上がってきた選手の代表として頑張れよ』というふうな言葉を掛けてくださって…。そう思っていただけてるんだっていうのが、すごく印象に残っています。成績がふるわなかったときでも、その言葉があったから頑張ってこれましたので…」
この発言のきっかけはウエスタン・リーグでの投球回に話が及んだこと。秋山はファームで残り2回1/3を投げれば、通算1000投球回に到達する。どうやら、この先予定される現役最終登板で「大台」を叶えられそう。
「ちょっとわがままを言って、そこをクリアさせてくださいっていうことで、2回くらいもらいました」
引退を公表した後、虎番とのそんなやり取りの中でファームでのイニング数に拘(こだわ)る理由を聞かれ「恩人」への謝意を示したのだ。
どんな苦境でも、くじけそうなアゲインストでも、ファームで腕を振り続けた秋山一流の矜持だと感じる。
名前を出されたのは意外だった?この日、水本にそう聞けば「そうやな。意外だよな…」と笑っていた。
中嶋オリックスの参謀役として21年からパ・リーグ3連覇を成した水本だが、20年まではカープの2軍監督を担っていた。鳴尾浜で秋山に声を掛けたのは当時のウエスタン・リーグ、阪神対広島戦の試合前のことである。若鯉がウオーミングアップを開始したタイミングで、黙々と外野を走る秋山に…というか、そのときの記憶は?
「覚えとるよ。『頑張らなあかんぞ…』って言ったんよ。彼はファームで苦労して苦労して1軍で活躍した人間だったから。本来あまり他球団の選手にそんなふうに声を掛けるもんじゃないかもしれないけど…。ファームで監督をやっていたときはどこの選手であっても、若い選手には、頑張って這い上がって、プロ野球を盛り上げてもらいたいという思いがあったから…」
カープの若い力を育成する日々を過ごしながら、同じ境遇の他球団の選手へ向け、いつも胸中でエールを送っていた。それが思わず声になって出たのが秋山へのそれだった。
「掛布さんが2軍監督をされていたときに、プロ野球を盛り上げるためには、ファームの選手、次世代の頑張りが何より大切なんだというふうに仰っていて、その通りだなと…。秋山という投手は、ほんまによく走る選手だった。お手本だよな…」
水本は秋山の流汗を懐かしみながら引退を惜しんだ。 =敬称略=