一家を大切に守ること

 【11月13日】

 東大合格と三菱商事の内定、どちらが難しいんだろ?なんてことを、ふとここ高知で考える。よく言われるのは東大に知り合いはいるけれど、三菱商事にはなかなか。つまり…。

 志を叶える確率でいえば、その三菱商事より難関な職がプロ野球であり、またそのレギュラーは…というような目で阪神の選手を眺めた安芸である。

 第1クールにお邪魔して以来だから10日ぶりの秋季キャンプ。いつ来ても安芸市営球場から眺める深い碧の海原はいい。類を見ない荘厳さ。悩みをちっぽけにしてくれそうな、勇気をもらえそうな壮麗さ…とでもいおうか。

 さて冒頭の話だが、安芸といえば、三菱の源流である。ピンとくる人はすぐ「ああ…」となる。20年ほど阪神のキャンプを取材してきた僕自身、大財閥のルーツに特に興味がなかったのでスルーしてきたのだが、阪神新監督のお膝元となれば、やっぱりご当地の歴史には明るくなっておきたい。

 安芸のキャンプ地から北東へ車で20分。岩崎弥太郎の生家を訪ねた。高知有数の観光名所でもあるが、はじめまして…。言わずと知れた三菱財閥の創業者は明治時代に51歳の若さで病死したわけだが、記念碑のガイドによれば「弥太郎は人にすぐれて強い気性でしたが、時に応じて細かいところにも心を配り…」とある。その太く短い生涯を思えば、安芸のこの大海原に勇気をもらったのだろうか。

 生家を見て驚いた。表屋敷の小庭に弥太郎自ら作った「日本列島を模った石組み」があり、「日本は我が庭の内にあり」と言って庭を眺めていたという。北海道、本州、四国、九州…。確かに模った石がそう見える。32歳にして土佐藩「開成館」長崎商会の主任に就任し、欧米の商人相手に輸出入の交渉を担当。大阪に三菱の創業となる九十九(つくも)商会を立ち上げ、海運業における国内外の熾烈な競争を乗り越えて…。そんな器のデカい実業家だけど、精神的な支柱は彼の母親が残した7つの家訓といわれる。三菱商事の社員も心に留め置くそれは、どんな組織に当てはめてもなるほど…。また、その2つがいま心に響いてくる。

 「人の中傷で心を動かさないこと」

 「一家を大切に守ること」

 キャンプ地へ戻り、大海を眺めながら藤川球児の心を読んでみた。

 大財閥より間口が狭いプロ野球。なかでも極々限られた者だけが取り得る「生涯を左右する権利」の話題で持ち切りだったこの日の安芸だ。

 「(自分から)メディアに向けて話すことはないですね」

 新監督は定例の囲み会見で言った。細かいところに気を配れる指導者が相手をおもんばかれば、当然そうだ。

 「すごく大切な存在なので」

 球児のこの言葉がすべてだと思う。 阪神といういわば特殊な環境だからなおさら「一家を大切にする」リーダーでありたい。「人の中傷で心を動かされない」頭でありたい。

 「我が庭の内にある」ものを想いながら、大切な存在の決断をそっと見守る秋の安芸である。=敬称略=

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