台湾が「親日」と言われる理由

 2月13、14日の両日。石垣ではロッテと台湾のラミゴ・モンキーズとの『アジアゲートウェイ交流戦』なる親善試合が開催された。これにはロッテのファンはもちろんのこと、台湾からも多数のファンが石垣球場の三塁側スタンドに陣取り、ラミゴのチームカラーである赤いレプリカユニホーム姿で応援に興じた。

 聞けばその数300人強。試合後の夜には、石垣の歓楽街は中国語が乱れ飛んでいたとも聞いた(笑)。2日間の観客ものべ6000人(一応、500円の入場料を取っている)。グッズや屋台の飲食物を含めれば、相当の金を落としてくれたはずだ。それでなくても“爆買い”は石垣島にも及んでいる「クスリや家電。中国や台湾の人たちの爆買いは、本州だけではないですよ」とタクシーの運転手さんも言っていたっけ。

 さて、試合は初日が4-0でロッテの勝利。2日目は7-6でラミゴが勝った。ただ今回のイベントは、試合そのものより開催されたこと自体に意味があったと思う。ロッテとラミゴ。この2チームは一昨年オフにロッテが台湾に行って試合をするなど、今、最も良好な交流を持っているプロ野球チーム同士だ。ラミゴからは選手がロッテのキャンプに参加したこともあった(ちなみにその選手、リン・ツースンは日本でのプレーを望んだが、スカウトされず台湾の中信兄弟にFA移籍した)。

 そんな縁は、ファンにも影響を与えた。ラミゴの本拠地である桃園棒球場は、一塁側はホームの応援、三塁側はビジターの応援といった区分けを撤廃。スタンドすべてが(基本的に)ラミゴの応援と化している。チアリーダーの『ラミガールズ』や、応援団のリーダー『阿誠』は不可欠の存在だ。

 そして台湾でのロッテの応援風景を見たファンたちは、そのユニークさと迫力に感化された。今、ラミゴの応援スタイルは、ロッテ的な要素も加わり、いわばハイブリッド。それがまた台湾の若いファンに受けてもいる。

 それはそれとして。

 台湾はかねて「親日」と言われる。が、そこには歴史的背景だけでなく、昨今の“地政学的要素”も加わっている。地震だ。東日本大震災のとき、台湾と台湾のプロ球界はすぐさま支援を申し出、台湾内で義援金を募った。それはちょっとしたムーブメントとなった。台湾もまた古くから地震の多い土地柄で、身をもって震災のむごさ、つらさを理解しているからだ。

 1999年9月。台湾中部の南投県付近を震源にした、マグニチュード7・7の大地震があった。死者およそ2000人。折しもそのとき、台湾のプロ野球でプレーしていた外国人選手たちの中には、揺れの恐怖と余震への不安から、球団に許可も求めず出国退去してしまった選手もいた(その中には、のちに西武やオリックスでプレーするアレックス・カブレラもいた)。

 プロ野球という興行と、震災復興。その両立の難しさと大事さを、だから台湾プロ野球界の人たちは、よく知っている。そうした“情”もまた、日本への親近感を醸し出しているのだ。

 今年の2月5日、台湾南部で死者100名を超す地震が起こったときは、今度は日本側が動いた。今回の石垣島での交流戦でも、募金活動が行われた。災難が絆を深くする、というのは必ずしも喜ばしいことではないけれど、でもそれでファンや選手がより一層、身近な存在になるなら。

 さて。次はこの2チームからどれだけ来年3月のWBC代表に選ばれるのか。今後はそんな楽しみも、観戦する要素にしたいと思う。

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