アナウンサーから高校教師へ-情熱は変わらず…清水次郎さん、野球部で毎日ノック
教壇に立っても情熱は変わらない。朝日放送のアナウンサーとして高校野球や阪神戦を実況した清水次郎氏(46)は、22年のキャリアに終止符を打って教師に転身した。2017年4月に兵庫県立西宮今津高校へ赴任。地歴科教諭と野球部の顧問として奮闘している。「楽しくて仕方ない。うきうきして学校へ行っている」。異色の経歴を持つ新米教師は、前職と同様の熱意を持って生徒と向き合っている。
1994年に朝日放送へ入社。憧れだったスポーツの実況を任された。元高校球児で、阪神ファン。夏の甲子園決勝や、阪神が出場した日本シーリズでマイクを握り、熱い言葉で臨場感溢れる放送を届けた。「夢のような日々で楽しかった」。看板アナウンサーに駆け上がり、何も不満はなかった。
ただ、現場で高校球児の青春に感動する一方で、少年犯罪のニュースを読む時には心を痛めた。「どうして同じ10代でこうも違う人生になったんやろうって。高校野球の監督をしたくて教師になろうと思ったわけではなくて、親以外の大人として子供と真剣に向き合いたかった」。11年から通信教育を受講。仕事の合間に勉強して、5年をかけて教員免許を取得した。
教師としても野球の指導者としても1年生。11カ月が経過した今も試行錯誤の日々が続く。授業の準備では徹夜をしたこともあった。「毎日、ヒーヒー言っている。実況も授業も準備に時間がかかるという意味では似ている」。部活では毎日ノックバットを握り、左手はマメだらけ。「監督の大変さを知った今は『やりたい』とは言えない。『やってみたい』と言えるようになりたい」と苦笑いする。
でも、そんな日々が苦にならない。アナウンサー時代は視聴者の反応が見えなかったが、今は生徒からダイレクトに伝わる反応が向上心を刺激する。
「今は自尊感情や自信がない子が多いと聞く。でも、絶対にみんなが人に喜んでもらえる能力を持っている。それに気づいて欲しいし、手助けをできる教師になりたい」
教え子には自分のような後悔もして欲しくない。早実では野球部に在籍。二塁手だったが、冗談交じりで「(定位置は)三塁コーチャーと二塁塁審」と笑う。イレギュラーしたゴロが顔に当たって15針を縫ったことも。一度もベンチ入りはできなかった。「いい思い出が1つもない。でも、今思えばそれほど練習してなかったからね」。全力で大好きな野球に向き合っていなかった自分に後悔が残っている。
その思いは、アナウンサー時代に一層強くなった。現役だった金本、矢野ら一流選手の努力を目の当たりにした。「例えば高校生は素振りしたからレギュラーになれるかは分からない。でも、そう思ってやることの尊さは学ばせてもらった。あの人たちから話を聞いたり、姿を見たりすると、一見無駄に思えるような努力が信じられる。こういうことを生徒にどうやって伝えれば頑張ろうって思ってくれるのかなって…。今はまだ分からないけどね」。
自らの性格を「しつこく、お節介」と言う熱血漢。これからも生徒と粘り強く向き合っていく。教え子もオンリーワンの存在へ導くために。(デイリースポーツ・西岡 誠)
◆略歴 清水次郎(しみず・じろう)1971年10月12日生まれ、東京都狛江市出身。早実から早大を経て94年に朝日放送へ入社し、スポーツの実況アナウンサーとして活躍した。2016年6月に退社し、17年4月に西宮今津へ赴任。同校の地歴科教諭。
◆西宮今津高校 1977年創立。2007年に普通科から総合学科高校に学科改編された。キャリア教育を重視し、「器楽」、「服飾文化」など選択できる専門科目が多い。進路に合わせた科目選択ができ、自分なりの時間割を組める特色を持つ。
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