五郎丸 2016年は「個人の挑戦」
ラグビー日本代表の五郎丸歩(29)=ヤマハ発動機=は2016年を「個人の挑戦」と位置付けた。2月から世界最高峰「スーパーラグビー(SR)」のレッズ(オーストラリア・ブリスベン)に加入し、ゼロからのポジション争い。昨年のW杯イングランド大会で世界を驚かせた「ジャパン・ウェイ」から、「五郎丸・ウェイ」にトライする。
3月1日に30歳を迎える五郎丸。2016年、新加入のレッズでポジションは約束されていない。築いてきた地位も名誉も捨てて世界最高峰SRに挑む。
「海外にチャレンジしなければ基本的には15番を着てと。それをゼロに戻して、またチャレンジできる楽しみはすごい。あと何年かのラグビー人生。新たな道を開きたい」
思い起こすのは早大1年時。「代表のジャージーを着たくてがむしゃらに」ラグビーをした。「人間ってそういう時が伸びる。たくさん失敗したい。失敗できるのが幸せ。言葉も文化も違う。それを乗り越えて成功したら人間として大きくなれる」。昔の自身の姿に現在の心境を重ねた。
エディー・ジョーンズ前HCの下、15年W杯までの4年間、家族との時間も犠牲にし、すべてをジャパンに注ぎ込んだ。「ジャパン・ウェイ(日本流)」を旗印に1次リーグではW杯2度優勝の南アフリカを逆転撃破し、世界を驚かせた。
「4年間はスペシャルだった。素晴らしいチームで(W杯の)ベスト15にも選んでいただいた。今までは日本のラグビーのため。16年から個人にフォーカスして、五郎丸歩がどこまで行けるかという挑戦。南アフリカに勝ち、届かない世界じゃない、となった」。ここからは「五郎丸・ウェイ」の戦いだ。
19年W杯での自らの代表入りは白紙だ。「15年で線を引いたからこそ、あそこまで結果を出せた」。ただ「自分の覚悟が決まっていれば違ったことになるかもしれない」と、“桜の15番”を、再び背負う可能性は否定しなかった。
オーストラリアには家族で移住する。SRの日本チーム「サンウルブズ」より、家族とともに過ごす時間が増えることで決断。「コアラの国に行くんだよ」と2人の息子には伝え、夫人とは英会話を勉強。2月上旬のチームへの合流準備を急ピッチで進める。
「海外の本当のスポーツ文化を肌で感じたい」と言うのもレッズを選択した要因。W杯帰国後は引っ張りだことなった“時の人”。練習時間以外は取材も詰め込んできた。だが違和感が常にあった。
「エンターテインメント要素が多い。僕らは芸能人でも芸人でもない。これだけ世界から日本は称賛されているのに、2カ月たっても変わらない。スポーツ文化というものを日本に根付かせたい」
南アフリカ戦後、英国のウォーリック(日本代表の拠点)の街を歩いていると、南アフリカのファンが「感動した」と称賛してくれた。一方で帰国後は食事や散髪中にもサインを求められる。
「4年後にホスト国として、海外の選手にそういった態度を取ってしまわないか。日本人は規律があるという評価がある。マナーがないのは日本人にとってマイナスになる」
キック前、独特の“拝みポーズ”は社会現象にまでなった。快挙があって発信力を得た。訴えていくのは今がチャンスなのだ。
「19年に向けた1度しかないチャンスをつかんだ。これもエディー・ジャパンで学んだこと。今の国内の雰囲気でW杯、五輪を2年続けて開催して果たして成功するのか。20年の先に日本がどういうビジョンを持っているのか。日本人みんなでつくり上げていかないといけないもの」
ラグビー界、そしてスポーツ界をもっと熱くするために、五郎丸は国内外からトライしていく。