村岡パラ金1号 女子は12年ぶり!日本勢冬季五輪最多タイの4メダル獲得
「平昌パラリンピック・アルペンスキー女子大回転座位」(14日、旌善アルペンセンター)
アルペンスキーは2回の合計タイムで競う大回転が行われ、女子座位で村岡桃佳(21)=早大=が今大会の日本選手団初となる金メダルを獲得した。自身4個目で、日本勢の冬季1大会最多に並んだ。日本女子の金メダリストは06年トリノ大会の大日方邦子、小林深雪以来で5人目。ノルディックスキー距離の男子スプリント・クラシカル立位では新田佳浩(37)=日立ソリューションズ=が銀メダルを手にした。距離勢は今大会初の表彰台。日本のメダル数は14年ソチ大会の6個を上回る7個となった。
金メダルに輝いた村岡は「うれしさだったり、達成感だったり、何とも言えない気持ちだった」と口にした。1回目で2位に1秒40差をつけてトップに立ち、2回目も安定した滑り。仲間と抱き合い、涙をぬぐった。
4歳の時、突然歩けなくなった。病院を回り、横断性髄膜炎と診断されたが、原因は分からない。「車いす生活って嫌なことがある。その度にこれは夢で、絶対に覚めると思っていた」。子どもの頃はいつか歩けるようになると信じていた。
小学校低学年から車いす陸上やスキーに熱中した。そこで出会う同じ障害者の「強く、かっこいい生き方」に憧れ、いつしか障害を受け入れた。文集や作文には「パラリンピックに出ること」と書いた。
中学から本格的に始めた競技。転機となったのが12年12月、15歳で初めて出場した米国での国際大会だ。大回転で10位に沈み、トップと50秒以上の大差がつく惨敗。同行したコーチに言った。「私もあんなふうに滑りたい。頑張る」。
初出場だった前回ソチ大会は、最終日の大回転で5位に入賞した。でも、残ったのは悔しさ。表彰台の一番上に立つライバルの姿に「自分もあそこに」と誓った。
父秀樹さん(48)には印象に残る娘との会話がある。iPS細胞で難病が治るというニュースが駆け巡った時、秀樹さんが声を掛けた。「歩けるようになるといいね」。すると、村岡が返した。「そしたらチェアスキーができなくなるじゃん」
チェアスキーとともに歩み、輝かせた人生。その生きざまを表現するように美しいシュプールを白銀のゲレンデに描いた。