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「WBA・WBC世界ミニマム級王座統一戦」(20日、ボディメーカーコロシアム)
世界ボクシング評議会(WBC)ミニマム級王者の井岡一翔(23)=井岡=と、世界ボクシング協会(WBA)同級王者の八重樫東(あきら)(29)=大橋=による、日本人同士で初の両団体の王座統一戦12回戦が20日、大阪市のボディメーカーコロシアムで行われ、井岡が3‐0で判定勝ちし、日本選手で初めて両団体の統一王者となった。中盤以降は井岡が的確にパンチを当ててペースを握り、八重樫を振り切った。井岡は今後、両タイトルを返上して、1階級上のライトフライ級へ転向し、年内にも2階級制覇を目指す。
統一王者の称号を手に入れたのは、「自分が主役」と公言してきた一翔だった。「本当にホッとした気持ちで最高。日本人で初めての気分は自分しか味わえない」。試合の5日前には、38度の高熱を発して万全の体調ではなかった。それでも弱音を吐かず、不屈の精神で快挙を成し遂げた。
試合開始のゴングと同時に、2人の世界王者が激しく打ち合った。一翔は左ジャブで有利な距離を確保し、右ストレート、左フックを連打。1回に八重樫の左目、3回には右目も大きく腫れた。父でトレーナーの一法氏は「作戦通り。指示通りに左右のパンチが決まった」と振り返った。
4回終了時の判定は、ジャッジ3人の採点が同じだった。一翔は「焦りはなかったが、最後まで気持ちで負けないようにした」と、さらに拳に力を込めた。途中でレフェリーが2回、八重樫の目の確認をドクターに要請。「正直、止めて欲しかった。少しでも早くホッとしたかった」。判定が告げられるまで余裕はなかった。
3度目の防衛にも成功した。叔父の弘樹会長は88年1月にWBC世界ミニマム級、91年12月にはWBA世界ライトフライ級を制覇。しかし、どちらも2度の防衛で現役を引退した。「100点満点の試合。これでボクシングの注目度も上がる」と弘樹会長。一翔は記録でも叔父を超えた。
これでプロ入り後は無傷の10連勝。「統一王者はボクシング人生で2番目の財産。1番は北京五輪出場を逃したこと。それを糧にやってきた」。東農大1年だった07年、北京五輪の国内予選決勝で敗れて出場を逃し、プロ転向を決意。5年前の屈辱が、プロで快進撃の原動力になってきた。
今後は両タイトルを返上して、1階級上のライトフライ級へ転向し、年内にも2階級制覇を目指す。「ボクシング人生は長くないが、全力で走り続ける。王者で居続けたいが、強い相手に挑む気持ち」と一翔。最終的な目標は、日本人初の世界王座4階級制覇。休養王者となった亀田興毅の3階級制覇を、一翔が超えてみせる。
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