79歳で小説家デビュー 松本明氏
人気ドラマ「必殺シリーズ」や「裸の大将放浪記」などを多数手がけた演出家でプロデューサーの松本明氏(79)が初の小説を出版した。タイトルは「好きに生きる」。主人公は松本氏と同世代の76歳の男性で、24歳の女性と濃密な恋愛関係を築いていく日々を描いた。長く映像の世界で生きていた人がなぜ活字に‐と思い話を聞くと、52歳差の恋愛は実体験というではないか。加藤茶でも45歳差というのに。しかも奥様は3人目で20歳差。いやいや、勉強になりました。
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◆初めて書いた小説を出版する松本氏は79歳。「松原春明」のペンネームで同世代の男性を主人公に52歳も若い女性との濃厚な関係を描いた。さぞかしエネルギッシュで、あぶらぎった感じの人物を想像したが会ってみるとそんなことはなく、どこにでもいそうな79歳。しかし、出てくる言葉はどこにもいない79歳だった。
‐これまでに最も年が離れた恋愛は?
「これ(小説)くらいです。52歳離れた女性とありました。もうちょっと若い時にね」
‐本当ですか!?ということは相手の女性は20代。もてるんですね。
「いや、もてないです。もてるというより…(しばし間)ハンターです。いかに相手の心の中に食い込むかということです。肉体に食い込んでも(笑い)心に食い込まないと愛は発生しないですからね。恋愛は実際、錯覚だと僕は思ってます。うたかたの夢ですよね。永遠に続くことはありえない。ある時期、変質していく。実は僕は催眠を習ったことがあるんです」
‐催眠術を利用して女性の心に入っていくと。
「いや、実際に催眠術はかけないです。気持ちは催眠術師になってるんです。そうして女性の心に入り込むんです。そうすると女性の価値観まで変わっていきます」
‐巧みな話術のような。
「まあ、話術でもあります。催眠術的なものが人間の関係の多くを支配していると僕は思っています。上下関係までできてしまいますからね。知らないうちに絶対優位になりますし、これは絶対そうなります。相手は逆らえなくなる。そういうふうに催眠術でかけてるんじゃなしに、口でしゃべってることがそうなってるわけです。『ああ、そうかな』と、あなたも今思っちゃってるでしょ。それは催眠にかかってるんです。すでに」
‐なるほど。
「知らず知らずのうちに人間は催眠を使ってるんです」
‐言い方を変えると「説得力」みたいな。
「そうですね。人を自分の世界に引きずり込むわけです。自分のテリトリーに入れてしまうんです」
‐そうすると52歳離れた相手でも。
「全然抵抗がなくなる。逆に年齢差が女性にとって誇りになるんです。普通の人じゃできないよって僕は言います」
‐50代でも70代でも自分の誇りを持って女性を引き込めば。
「相手が許してくれるわけです」
‐映像のプロがどうして活字に。
「2011年に黒木瞳で土曜ワイド劇場を撮ったんです。東日本大震災の影響でCM放送ができなくなり、放送日が3月26日に延びました。視聴率は15%いければ合格で、それくらいはあったんです。けれども途中で地震情報がテロップで出たんです。それで一斉に視聴者がTBS『情報7days ニュースキャスター』に動いたんです。数字が下がったことでがっくりきましてね。ちょうどパソコンを習い始めてドラマの台本のやりとりもメールでするようになり、パソコン操作に自信ができた時でもあり、ふと『これなら小説も書ける』という前向きな気持ちになったんです。現実に3カ月で書けました」
‐年の差恋愛をテーマに選んだのはなぜ。
「最近、年の差婚と言われる現象が出てきましたよね。堺正章とか加藤茶とか。その前から年齢が広がっていく傾向がありました。わたし自身も女性とつきあっている中で、あまり年齢差を感じないんですね。こっちが違和感を感じないということは向こうも感じないんです。それも催眠です。一種の。僕は非常に若く見えるでしょ。10歳は間違いなく若く見える。だからだいたい初対面で10歳はサバよんでます。どうせばれるんですけど。僕は若い女の子と若い話ができるんです。若い子とつきあうから」
‐現在も若い女性と進行形ですか。
「いや、それは離婚につながりますから(笑い)。昔はそういうことがあったと」
‐何人と恋愛を。千人くらい。
「ははは。何千人でしょうかね。まあ、500人にしときます」
‐親しくなった女優さんとそういう関係に。
「断じてないです。それは自分に課してました。どうしてかというと作品がだめになるからです。女におぼれてしまう。作品におぼれるのはいいけど女におぼれるのはあかん。そこは明確な線を引いていました」
◆小説の帯には、俳優・津川雅彦が写真入りで「鬼才監督が初執筆!斬新なラブシーンは読者の想像力を魅了する」と推薦文を寄せている。
‐津川さんとはどのようにして仲良く?
「ドラマで僕が使ったわけです。もう50年以上の付き合いです。最初は(津川の兄の)長門裕之さんと付き合いがありました。長門さんは名優ですけど『こういう台本では、こんなふうに演じるだろう』と見えてくるようになりました。それで魅力を感じなくなった。津川雅彦は『こう演じるやろう』と思うようにはやらない。というか、できない(笑い)。それがおもしろかった。津川は兄貴とは疎遠です。ライバルですから。長門さんがやるはずだった役を津川がやったこともある。津川の方が顔がいいんです」
◆松本氏は人気ドラマ「必殺シリーズ」を計約30作演出。中村主水(なかむら・もんど)を演じた藤田まことさんの代表作ともなった。
‐「必殺シリーズ」は今も続いています。
「もう、『必殺』ではないです」
‐どこが違う。
「剣劇になったらだめなんです。『必殺』の魅力は、いかに卑怯(ひきょう)に殺すか。そして、自分が捕まりかけたら逃げる。剣劇ものになると絶対視聴率は落ちるんです。もう、やり尽くしているわけですから。それよりも主役が逃げるほうがおもしろいわけです。主水なんかすぐ逃げます。障子の陰に隠れて裏からぶすっと卑怯に殺します。今は立ち回りをしたがるでしょ。それは『必殺』の最初の意図とは違う。逃げるような話やないと、おもろない。卑怯に殺さなおもろない。悪いやつを殺すんやから卑怯に殺してもええわけです。そこを守らないから、普通の時代劇ドラマみたいになっちゃった」
‐まだまだ女性を口説きたいですか。
「口説きたいとは思ってませんけど、口説きたいと思うような女性に当たりたいとは思っています。一目ぼれじゃなくていいんです。自然にひかれる魅力をもった女っているじゃないですか。そういう人としゃべってたら次第にお互いに歩み寄って、意思統一ができるようになってくる。お互いに感化されて。そうすると火遊びじゃなくて恋愛ができるんです」
(続けて)
「人間的な歩み寄りだから年齢を超えちゃうんです。男女の接近です。接近すればするほど離れられなくなる。そういうのが恋愛です。でも、同じ感情を持ち続けることは2年しかできない。どうしても飽きる。人間て飽きますよね。2年たったらセックスなんかしたくなくなりますよ、正直言って。自分の経験で考えてください。2年以上続いてセックスするなんてまずないです」
‐超肉食ですね。草食系男子にメッセージを。
「好きに生きたらええんです。いいと思うことをやればいい。大切なのは好きに生きることです。人に迷惑をかけない範囲でね。僕も家庭は大事にしている。いろいろ裏切りはするけれど(笑い)。女房は許すだろうと思います」
松本明(まつもと・あきら)1934年1月22日生まれ。京都市出身。1957年早稲田大学文学部卒。朝日放送の元プロデューサー、ディレクター。「必殺シリーズ」の立ち上げに参加し、33本を演出。「裸の大将シリーズ」87本をプロデュース、監督。「土曜ワイド劇場」など多数の作品をプロデュース、監督。現在、(株)Aプロオフィス代表取締役社長。松原春明のペンネームで初の小説「好きに生きる」を6月に文芸社から出版。