小林祐梨子さん「非常識が常識に、田中希実選手の衝撃的3分台」
東京五輪期間中、デイリースポーツでは特別コラム「祭典記」を掲載する。五輪への熱い思いを寄せる6人が日替わりで登場。14回目は08年北京五輪で陸上5000メートル代表を務めた小林祐梨子さんが、女子1500メートルで決勝に進出した田中希実について語った。
◇ ◇
非常識が常識に変わった瞬間を見た気持ちです。4日の女子1500メートルで、田中希実選手が3分59秒19の日本新記録で決勝に進出しました。今大会の予選で出した日本新をさらに3秒14も短縮。3分台の記録を目の前で見た私はただただびっくり、放心状態でした。
あえて「非常識」と言ったのは、ここまでの彼女の調整方法が異例であったからです。五輪を控えているにもかかわらず、4月から出場したレースは約20本。800メートルから1万メートルまでそれぞれ違う目的を持った出場でしたが、私は内心出過ぎではないかと危惧していました。
日本選手権もほとんどの選手が1種目に絞る中で3種目に出場。五輪直前の7月17日のホクレン中長距離チャレンジで日本記録を更新しましたが、この時もケガや体調は大丈夫かとドキドキしていました。
大切なのは五輪にピークを合わせること。多くの関係者がそう思っていたと思います。しかし、希実ちゃんと父の健智コーチの2人だけは、この方法を貫いて五輪にピークを持ってくることを信じていたのです。
1500メートルは1本走ると一日で体力を取り戻すことは難しく、1大会で3本走るのは日本人にはとてもきつい。でも、予選の後に希実ちゃんは「準決勝で全部出し切りたい」と言いました。日本記録を出してもまだ余力があったのです。健智コーチも、準決勝ではなく決勝の話しかしていませんでした。そして準決勝での4分切り。2人の中ではすべて想定どおりなのです。すべての点が線でつながった気がしました。
彼女が中学の時に書いた「ダエン」という詩があります。楕円(だえん)形のトラックへの思いをつづったもので、「私は走る ダエンを走る」と走る感情が書かれています。
トラックをグルグル回りながら「どこにも行けないのにどこにでも行ける気がして」。本当に彼女は、どこまで行ってしまうのでしょう。昨夏、14年ぶりに私の日本記録を更新したのはまだ始まりだったのかもしれません。中長距離界の時計の針が、動き出した気がしています。