【競馬】シベリア抑留展を見て思う悲運の天才騎手・前田長吉

 先日、都内で開催されていた「魂のモノ語り シベリア抑留展」に足を運んだ。太平洋戦争の敗戦後、数多くの日本兵がソ連軍に捕虜として厳寒のシベリアに抑留され、収容所などで過酷な労働を強いられた。再び祖国の地を踏むことなく、数万もの尊い命が失われた。死と隣り合わせの極限状態において、日本兵が食器や衣類を自作して懸命に生き抜いた証明として残された貴重な『作品』が紹介されている。

 競馬に全然関係のない話じゃないかといわれると、こちらも身もふたもないのだが、年配の競馬ファンの方なら前田長吉(まえだ・ちょうきち)という騎手の名前を聞いたことがあるのではないだろうか。1942年5月に尾形藤吉厩舎所属としてデビューした前田長吉騎手は青森県八戸市出身。1943年には牝馬クリフジとのコンビでダービー、菊花賞、オークスを制して変則三冠を達成している。しかも、ダービーでの20歳3カ月での制覇は、いまだに史上最年少記録として残っている。参考までにJRAになってからは、ダービーの最年少Vは1971年ヒカルイマイの田島良保騎手の23歳7カ月。この記録も現在まで更新されていない。ちなみに11戦11勝のクリフジについては、いまだに史上最強牝馬と言う人もいるほどだ。

 しかし、戦局の悪化が進み、前田長吉騎手は1944年10月に徴兵によって満州方面へ出征。終戦後は捕虜としてシベリアに抑留され、1946年2月に23歳の若さで病死。結局、騎手としての復帰はかなわなかった。2000年には政府の遺骨収集団がシベリアから遺骨を持ち帰り、2006年6月にその中の一部がDNA鑑定によって前田長吉のものであることが確認された。翌7月に青森の生家に遺骨が届けられた。

 東京競馬場内にあるJRA競馬博物館でも、2015年の4月から6月にかけて『伝説の騎手・前田長吉の生涯』が開催され、遺族によって大事に保管されていた乗馬ブーツ、重量調整用のベストなどが展示された。騎手として活動したのは約2年間という短い期間だが、実際に使用していた遺品を見られた貴重な機会だった。今年も5月27日に第85回日本ダービーが行われる。いつか前田長吉騎手のダービー最年少優勝記録を更新される時は来るだろうか。その時にこの悲運の若き天才騎手が、多くの競馬ファンに知られるようになってほしいと思う。(デイリースポーツ・北島稔大)

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