【野球】阪神・能見「もう辞めて。あなたの顔も見たくないです」届いた1枚のハガキ
「阪神1-0DeNA」(11日、甲子園球場)
今季限りで阪神を退団する能見篤史投手(41)が、甲子園で行われた今季最終戦のDeNA戦でタテジマでのラストマウンドに臨んだ。1-0の九回に登板。先頭の細川に中前打を浴びたが、続くソトを併殺に打ち取るなど、試合を3人で締めた。虎一筋16年、先発、救援とフル回転した左腕がチームメートと虎党に別れを告げた。チームは60勝53敗7分けの2位で今季全日程を終了した。
◇ ◇
運命のイタズラか。阪神最後の登板は1点リードの九回だ。かつて拒否し続けた抑えのマウンド。能見は最速149キロで、通算2セーブ目を記録した。「決めていた」と先発時代、代名詞だったワインドアップからの投球。その姿に梅野が、岩貞が、大山が泣いた。
「本当にありがたい。それしかないよ。いつクビになってもおかしくなかった俺を、球団はずっと我慢して待ってくれたから」
構想外を伝えられた翌日、早朝に携帯電話を鳴らした。「功労者に…」。多くのファンが抱いただろう思いを本人に伝えた。だが、受話器から聞こえたのは感謝の言葉だ。入団初年度の2005年、4勝してリーグ優勝にも貢献した。ただ、達成感は全くなかった。
翌06年からの3年間、2軍でも先発、中継ぎ、抑えを転々としたが、1軍で結果が出せない日々。クビを覚悟していた時代だ。1枚のハガキが届いたのは、そんなころだった。
「もう、辞めてください。あなたの顔も見たくないです」
真っ白のスペースに書かれていたのは、たった2行の文章。温かな声と拍手だけが、応援じゃないと知った。「頑張ろうと思えたよ」。苦い記憶が出発点だ。以降は3度の開幕投手に5度の2桁勝利。長年、エースとして活躍した。怖さを知ったから、強くなった。
「マウンドは崖の上に立たされている感覚。不安で仕方ない。でも、いろんなものを背負って立つのが使命。誰かのためにと考えたら、違う力が出る」
太陽のように、藤川が阪神の象徴だったなら、能見は真っすぐ伸びる大樹だ。夏の暑さをしのぎ、冬の寒さに耐え、どんと構えて安心感を与える存在。エースの称号より、チームへの献身を信条にした。先発で結果が出なくなった18年の5月下旬。2軍再調整中に電話が鳴った。金本監督(当時)からだった。
「中継ぎをやってくれ。チームを助けてくれないか」。常に勝つためではなく、負けないために投げてきた。「必要だ」の言葉がうれしかった。ただ13年、一度だけ球団の意向を拒否した。抑えへの配置転換だ。「不慣れな僕が背負えない」。あれから7年後、最後に用意された舞台は1点リードの展開。登板前には矢野監督がマウンドで迎えた。長くチームを背負ってきた男に、野球の神様が用意したプレゼントだった。
若返りを図る阪神の来季構想から外れたが、経験と実績、衰えが見えない実力を求める球団はある。社会人、プロでクビと隣り合わせだった男が、引き際で再挑戦の意志を貫く。多くの選手、ファンの記憶に涙と輝きを残し、タテジマのユニホームに別れを告げた。(デイリースポーツ・田中政行)
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