相次ぐプロレス試合中の大怪我…今こそ過去の死亡事故を振り返る
一時期の低迷から脱し、人気が復活したと言われるプロレス。その一方、リングの上では選手の大きなケガも目立っています。そんな今だからこそ、過去に起こった死亡事故を改めて振り返ります。
公開日:2017.4.25
1997年8月15日、女子プロレスJWPの広島大会。タッグマッチで尾崎魔弓のライガーボムを受けたプラムさんは試合直後に意識不明となり、病院に緊急搬送。開頭手術されるも、急性硬膜下出血並びに脳挫傷により死去。29歳。
同期で仲も良かったというプラムさんが、自らの技が元で亡くなってしまった…。周囲からの非難の声、自責の念…尾崎の苦しみは筆舌に尽くしがたいものだったに違いありません。それでも全てを乗り越え、今も尾崎は現役選手としてリングに上がっています。
尾崎の団体では毎年、プラムさんの命日前後にプラムさんの名前を冠した興行を行っています。プラムさんを追悼するとともに、二度とあんな悲劇を繰り返してはならない…そんな思いが込められているそうです。
【三沢光晴さん】トップレスラーがまさか…バックドロップ受け
【2009年6月14日紙面より】 日本プロレス界の頂点に君臨する現役レスラーで、プロレス団体「ノア」の社長を務める三沢光晴さん(46)が13日午後8時45分ごろ、広島市の広島グリーンアリーナで行われた大会の試合中、相手の技を受けて頭を強打。心肺停止状態となり、広島大学病院に救急搬送されたが、広島県警によると、同10時10分に死亡が確認された。三沢さんは1981年、故ジャイアント馬場さんが率いた全日本プロレスでデビュー。2代目タイガーマスクとして人気を獲得し、素顔となった後もエースとして活躍。00年のノア旗揚げ後もマット界のトップを走っていただけに、衝撃は大きい。