【競馬】高嶋活士元騎手、パラ馬術でセンターポールへ日の丸を!
ニッポンが前回のリオ五輪を上回るメダル(41→58個=金メダル27・世界3位、銀メダル14、銅メダル17)を獲得して終了した東京五輪。コロナ禍での開催にいろいろな逆風もある中、メンタル面も含めた選手たちの頑張りには頭が下がる思いだ。そして24日にはパラリンピックが開幕。オリンピックに負けないぐらいの、ニッポン勢の活躍を楽しみにしたい。
その中で注目の一つに馬術がある。オリンピックでは、戸本一真選手が総合馬術で89年ぶりの4位入賞。福島大輔選手が馬術障害飛越個人で、89年ぶりの6位入賞を果たす大活躍だった。パラリンピックでは、馬場馬術のみが行われる。障がいのグレードに合わせて競技内容は違うが、人馬が呼吸を一つに合わせ、美しい芸術作品をつくり出すことに変わりはない。
開催国ということもあり、今回は4人が参加。その中に2人の元JRA関係者がいる。リオに続いて2度目の出場となる宮路満英選手は63歳。栗東トレセンで調教助手をしていた47歳の時に脳卒中で倒れ、右上下肢機能障がい、体幹機能障がいを負った。前回大会は練習不足もあって苦戦したようだが、その苦い経験を糧に前回以上の成績を楽しみにしたい。
そして、もう一人が元騎手の高嶋活士選手。11年3月に美浦・柴崎勇厩舎からデビュー。同期(27期)には横山和生、藤懸貴志、杉原誠人、森一馬らがいる。13年2月9日、東京競馬の障害戦で落馬し、脳の3カ所から出血する大ケガに見舞われ、しばらくは意識不明だった。2年余のリハビリを続けて騎手復帰を目指したものの断念。15年9月に引退した。
落ちた時の記憶がなく、「もう一度、馬に乗りたい」との思いは強かった。そんな時、騎手の先輩で、同じく落馬事故で引退した常石勝義さんが、障がい者馬術の選手として頑張っているのを知り、翌年には、その扉をたたいていた。その後はコツコツと技術を磨き、いつしか日本のトップへと駆け上がる。昨年11月の全日本パラ馬術大会「グレード4」で優勝を果たすと、ずっとコンビを組み、互いに信頼し合う、愛馬ケネディ号(ハノーバー種、セン13歳)とともにパラ代表の座を勝ち取ったのだ。
同期の一人である嶋田純次騎手は「同期の中からオリンピック選手が出るなんて、すごいことですよね。ボクも負けていられません。もちろん、応援しますよ」と声を弾ませる。藤田菜七子騎手も「競技は違うけど、人と馬とが心を一つにして向かって行くのは(競馬も)同じことです。勉強するつもりで楽しみにしています」と話していた。
大先輩も注目する。第一人者の武豊騎手は「現役時代、そこまで接点があったわけじゃないけど、選ばれてすごくうれしかった。オリンピックなんて、なかなか出られないですからね。応援します」と喜ぶ。8日のレパードSを55歳で制し、JRA最年長重賞Vを達成した、競馬学校1期生の柴田善臣騎手は「オリンピックはいいね。食事を済ませてから、酒とつまみを用意して、万全の態勢で毎日見てたよ。オレもオリンピックに出たくなっちゃった」と満面の笑みを浮かべた。
しばらくオリンピック談議が続き、「ソフトボールの上野由岐子選手には熱くなった。13年ぶりにオリンピックの競技に復活したんでしょ。当時のエースが、またエースとして頑張って金メダルを取るなんてねぇ。その間のモチベーションの保ち方がすごいよなあ。オレだったら諦めちゃうよ」と感心しきり。「パラ馬術に(高嶋)活士が出るんだよね。もちろん、応援する。楽しみだね」と忘れていなかった。現役を離れたとはいえ、こうして騎手仲間が熱いエールを送り続ける。その声を聞くと、『仲間って、いいなあ』とうれしくなった。
騎手時代の高嶋選手に取材したかどうかは覚えていないが、彼が刺激を受け、パラ馬術に入るきっかけとなった常石勝義さんとは、栗東トレセンなどで何度も話をしたことがある。福永祐一、和田竜二、柴田大知、牧原由貴子(現・増沢)ら『花の12期』の一員だったが、ルーキーイヤーの96年8月4日の小倉競馬(3歳未勝利=ナリタキクヒメ)で落馬。脳挫傷で意識不明となった。ただ、そこから半年余りで驚異的に復活。97年小倉3歳S(タケイチケントウ)で重賞初制覇。03年には中山グランドJ(ビッグテースト)でJ・G1初制覇を達成した。
ところが翌年の8月28日の小倉競馬(豊国ジャンプS=キャピタルゲイン)で、再び落馬。脳挫傷、外傷性くも膜下出血、頭蓋内血腫を併発し、またも意識不明に。奇跡的に騎乗トレーニングができるまでに回復したものの、左半身にマヒが残り、高次脳機能障がいもあって現役復帰への道は険しく、07年2月に引退。引退後は競馬評論家として、栗東などでの取材に元気な姿を見せていた。人懐っこく話しかけてきてくれたのを思い出す。彼もまた、パラリンピック出場を目指しているが、残念ながら、今回は代表選考で漏れてしまった。
競技は26日から30日まで東京・世田谷区の馬事公苑で行われる。高嶋選手が出場するのはステージ4。記者会見で「まずは入賞を目指したい」と意気込みを語っていたが、元ジョッキーが五輪も含めて馬術で代表入りしたのは初めてのこと。よく『地獄の底からはい上がってきた』と言うが、決して簡単なことではない。想像をはるかに超える精神力で厳しい鍛錬を積み重ねてきたに相違ない。
JRA騎手としては244戦(うち障害39戦)して未勝利(2着6回)だったが、最愛のパートナー・ケネディ号とともに、憧れだった舞台に立つ。ともに夢を追った常石選手の思いも胸に、いざセンターポールへ日の丸を-。(デイリースポーツ・村上英明)