【野球】中谷監督の大胆なトライと信念「智弁和歌山で野球をやって良かったと思ってほしい」
智弁和歌山がイチロー氏から指導を受けたのは、昨年12月のこと。センバツ出場が厳しいと見られていたタイミングだった。
「イチローさんが教えた高校が簡単に負けたらダメ。春も夏も全国に出られないのは許されないですからね」
元々有名な強豪校に、さらに注目が集まる。中谷監督の耳には羨望の声も届いた。周囲からの視線に「ほどよい圧と捉えて」と重圧を覚えながらも、選手の成長を優先した。新たにトライしていたことがある。
「選手をどう成長させるかを、一方的なものではなく会話をしながら生み出していかないといけない。そういう時代だと思うので」
昨年11月末、年内最後の練習試合を終えてからの1カ月ほどを「オフ期間」と捉え、日曜日を休みに設定。「高校野球って休みを取ることを恐れがちですが、休みは大事なんですよ。好きなことをして学べることもあるので」。さらにその期間の練習日は、練習メニューを選手に考えさせる自主練習という形で、練習時間も3、4時間ほどに短縮した。
「僕がプロで経験したのもありますが、オフで伸びる部分もあるんです。自分で考えて行動する難しさも感じて、そこで気付くこともあって人としても成長できる。智弁和歌山の伝統として守るものがあった上で、変えていくべきものもあると思っていたので」
重圧もある中でのチャレンジ。結果につながる保障はなかったが「自分が盾になるというか、責任は僕が取ればいい」と何より選手の将来を考えた。根底には、17年1月に臨時コーチとして母校に帰ってきてから、ずっと描く理想がある。
「卒業した選手には、智弁和歌山で野球をやって良かったと思ってほしい。卒業しても野球部の後輩や学校のことを大切に思ってもらいたくて」
数年前に整備された部室はコーチ時代に携わった広島・林らが、グラウンドの黒土は監督として一昨年にプロに送り出した楽天・黒川、DeNA・東妻らの協力もあり整った。そこで今の選手は日々を過ごす。思いは紡がれ、伝統が息づく。
「卒業して大学や社会に出ても、智弁和歌山の子はしっかりしてるな、すごいなと思ってもらいたいし、そういう選手を育てたいというのが一番なので」
監督として初めて迎えた一昨年の夏、3回戦でヤクルト・奥川擁する星稜に屈した。昨年はコロナ禍に巻き込まれた。困難にも貫いた信念。「選手の成長を見るのは本当に楽しいです」。愛する校歌が最後まで響いた3年目の夏。智弁和歌山の選手はすごかった。そう感じさせたチームの根底に、中谷監督の変わらぬ信念があった。(デイリースポーツ・道辻 歩)