怖かったぁ 藤村富美男編 その二 こら、貴様！

　球団史を彩ってきた猛虎の強者（つわもの）たちを鮮やかに甦（よみがえ）らせる「本紙評論家・小山正明が語る猛虎豪傑列伝」。第２回目も、前回に引き続き希代のスーパースター・藤村富美男氏です。“猛虎のご意見番”小山さんですら「怖かった」という藤村氏の思い出話をたっぷりどうぞ‐。

野球人として次元違った

　僕が入団した昭和２８（１９５３）年当時、監督は松木さん（謙治郎氏・２度目＝５０～５４年）やった。その次が岸一郎さん（５５年途中）、そして藤村さん（２度目＝５５～５７年）と続いていくんやけど、松木さんも藤村さんに一目置いていた。そら、万人が認める超スーパースターやからね。今回は、そのときの話を少ししよか。

　オールドファンならご存じかもしれんが、僕は普通に阪神に入団したわけやなかった。今風に言えば、育成選手みたいな感じやったんやな。そやから、最初は２軍の公式戦にも出られへんかった。それで１軍が甲子園におるときはいつもバッピ（打撃投手）で声がかかるんや。ところが、投げる相手がおっさんばっかり。ポッポと投げるのはいいけど、ストライクがままならん。ボールが３つも４つも続いたら、怒り出す人もおった。

　金さん（金田正泰氏・元監督＝６０～６１年途中、７３～７４年）なんかには「お前、何の練習しとるんや！」と怒鳴られるし、捕手の徳網さん（茂氏＝１９５０～５９年）にもよく怒られた。そら怖くて、ピッチング練習どころやあらへん。そして、藤村さん。僕の球が２つ、３つ続いて外れると、スペアのバットを担いで、黙って隣のケージに移ってしまうわけや。これはこたえた。何も言わんだけに余計になあ。

　そんな日々の繰り返しを経て、夏に本契約してもらい、さらに１軍に上がれた。今思ったら藤村さんたちに育てられたようなもんや。ああいうことが、強い肩を作り、コントロールもよくしたんやと思うね。

　決して口数が多くなかった藤村さんで印象に残っとるのは、ある年の国鉄戦で、大崎が投げた試合やな。片岡という気が強い打者がおって、その近めを敢然と突いた。ところがや。“やんちゃくれ”で有名やった片岡が猛然と怒った。バッターボックスから「こらお前、どこに放っとるんや！」ときた。これを一塁から見ていた藤村さんが怒鳴り返したわけや。「こらっ、貴様！」とな。

　藤村さんが怒ったのを見た片岡は、一瞬のうちにシュンとなった。それ以降、決して偉そうにせんかったな（笑）。それほどあの一言は凄味があって怖かったんやろう。あの人はコセコセせず、本当にいつもドシッとしていた。その風貌たるや、まさにスーパースターのそれやった。

　当時「西の藤村、東の川上」てな言われ方をしとったけど、川上さんでも藤村さんみたいな人間的魅力でお客さんを呼んだわけやなかった。後の長嶋（茂雄氏）が「華麗なスーパースター」なら藤村さんは「野性味あふれるスーパースター」。野球人としての次元が、まるで違ってた。終戦直後の荒廃した日本に現れ、明るい光を灯した功績を、我々は忘れてはならん。あんな人は二度と出てこんやろう。

〈ＷＨＯ’Ｓ　ＷＨＯ〉

▽小山　正明（こやま・まさあき）１９３４年７月２８日生まれ、７５歳。兵庫県出身。高砂高から５３年、阪神にテスト生として入団。６２年には２７勝を挙げ、優勝に貢献。６４年、山内一弘との“世紀のトレード”で、東京（現ロッテ）に移籍。７３年の大洋を最後に現役引退。最高勝率・最多奪三振・沢村賞（いずれも６２年）、最多勝（６４年）。通算８５６試合３２０勝（歴代３位）２３２敗、防御率２・４５。０１年、野球殿堂入り。現本紙評論家。

▽藤村富美男（ふじむら・ふみお）１９１６年８月１４日生まれ。広島県出身。３６年、阪神に投手として入団。その後、三塁手に転向し“物干し竿”と呼ばれた長いバットで４番打者として活躍。初代「ミスター・タイガース」でもある。首位打者（５０年）、最多安打２回（４９、５０年）、本塁打王３回（３６年秋、４９、５３年）、打点王５回（４４、４７～４９、５３年）、ＭＶＰ１回（４９年）、ベストナイン６回（４７～５２年）。４６、５５～５６年は監督を兼任。５８年に現役を引退し、背番号「１０」は永久欠番となった。現役通算成績は１５５８試合、１６９４安打、２２４本塁打、１１２６打点、打率・３００（投手では７６試合３４勝１１敗、防御率２・３４）。監督通算成績は４６２試合２６６勝１９０敗６分け、勝率・５８３。７４年野球殿堂入り。９２年５月２８日没。

• デイリースポーツ・オンライン