藤本定義編 その二 知っていたはずの「世紀のトレード」

 球界で唯一、巨人と阪神両球団で監督を務めた藤本定義氏。阪神を戦後初の優勝に導いた手腕は高く評価されているが、本紙評論家・小山正明氏は今なお、1963年オフに起きた“世紀のトレード”を忘れない。今回の「猛虎豪傑列伝」は、小山氏が阪神を去ることになった大事件の真相に迫ります。

ワシは知らん

 藤本の“爺さん”の続きやけど、僕との関係で言えば、何と言っても昭和38(1963)年暮れにあったトレードに尽きるわな。その2年前にリーグ優勝し、この年は3位に終わった。僕自身も14勝(14敗)しかできず、不本意なシーズンやったんやけど、まさか、あんな事になるとは思わんかった。

 12月に入ってから、僕の名前が新聞紙上に頻繁に出るようになり、報道陣が自宅に朝早くから張り込むようになった。ある日の早朝、ゴルフに行こうとしたら、記者がいっぱいおるわけや。それを振り切ってゴルフ場に行くと、そこにも嗅ぎつけて来とる。業を煮やして、戸沢球団社長と爺さんに電話をしたんや。

 爺さんに「トレードの記事が出てますけど、話は進んでますんか?」と聞いたら、困ったような声で「いや、ワシは知らんで」とこうや。「知らん言うても、僕も阪神でエース張ってやってきたんでっせ!それを監督が知らんいうことはないでしょう!!」。問いつめてもとぼけるばかりで、話にならん。まさに“伊予狸”というあだ名通りやったな。

 戸沢さんにも電話したけどらちがあかず、当時甲子園三番町にあった自宅まで押しかけ、直接聞いた。おおよそ、こんな話をしたと思う。

 小山「マスコミがワイワイ言うてるけど、どないなってまんねん?」

 戸沢「大毎の永田オーナーがヤイヤイ言うて来てるんやが…」

 小山「球団はどうですの?小山を出すんでっか?藤本の爺さんはどう言ってますの?」

 戸沢「監督は『お互いが納得できればいいんじゃないか』って」

 小山「永田オーナーは何て?」

 戸沢「とにかく『いいピッチャーが欲しい。その代わりにこっちは山内を出す。それだったら両方ともいいんじゃないか』と」

複雑な思い

 そうして話がきとるのに、何で爺さんは言うてくれんかったのか。監督と選手として共に戦ってきた間柄なのに…。複雑やったなあ。戸沢さんは「うちは極力、君を出したくないんだが…」と言ったが、話は相当進んどるようやったし、僕からこう言うたんや。

 「タイガースで稼ぐ1万円も、オリオンズで稼ぐ1万円も一緒ですから…。事と場合によっては、僕はオリオンズに行ってもいいですよ」

 これを聞いたとたん、ニコッと笑った戸沢さんの顔が忘れられん。翌昭和39年、僕がオリオンズで30勝を挙げ、山さんが阪神で31本塁打を放って優勝したんやから、上々のトレードになったんと違うかな。

 そして阪神を去ったわけやが、別に藤本の爺さんがどうとかという思いはない。ただ、前もって話してくれたら…というのはあるけどね。

〈WHO’S WHO〉

▽小山 正明(こやま・まさあき)1934年7月28日生まれ、75歳。兵庫県出身。高砂高から53年、阪神にテスト生として入団。62年には27勝を挙げ、優勝に貢献。64年、山内一弘との“世紀のトレード”で、東京(現ロッテ)に移籍。73年の大洋を最後に現役引退。最高勝率・最多奪三振・沢村賞(いずれも62年)、最多勝(64年)。通算856試合320勝(歴代3位)232敗、防御率2・45。01年、野球殿堂入り。現本紙評論家。

▽ 藤本 定義(ふじもと・さだよし)1904年12月20日生まれ。愛媛県出身。松山商(旧制)から早大、東京鉄道局を経て、36年巨人初代監督に就任。42年までの在籍7年間(9シーズン)で7度の優勝を果たし、巨人の第1次黄金時代を築いた。以後、パシフィック・太陽、金星・大映、阪急で監督を歴任。60年から阪神ヘッド兼投手コーチを務め、61年途中から監督就任。62、64年の2度、リーグ優勝に導いた。68年退任。監督年数29年(31シーズン)は歴代最長。74年野球殿堂入り。81年2月18日死去。

▽山内 一弘(やまうち・かずひろ)1932年5月1日生まれ。愛知県出身。現役時代は外野手。起工業高から川島紡績を経て、52年に毎日入団。64年の「世紀のトレード」で阪神移籍。68年に広島移籍後、70年現役引退。首位打者1回、本塁打王2回、打点王4回、MVP1回、ベストナイン10回、オールスター出場16回。現役引退後はロッテ、中日で監督を務めた。02年野球殿堂入り。現役通算成績は2235試合2271安打396本塁打1286打点、打率.295。監督通算成績は712試合336勝313敗63分け、勝率.518。09年2月2日死去。

◆世紀のトレードとは… 63年オフ、大毎・山内と阪神で176勝の小山氏のトレードが実現。主砲とエースの交換トレードは球界に衝撃を与えた。山内は翌64年に全試合に出場し、31本塁打94打点で優勝に貢献。小山氏もシーズン自己最多となる30勝を挙げた。

◆永田雅一とは… 映画会社「大映」の社長を務め、48年には大映スターズを結成。58年に毎日オリオンズと合併し、大毎オリオンズのオーナーに就任した。大言壮語な語り口は「永田ラッパ」とも呼ばれたが、現場介入も多々あった。60年の日本シリーズではさい配をめぐり、西本幸雄監督と衝突。4連敗を喫したことで、同監督を解任している。

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