香川へ送った人生で一番大事な助言
2014年4月23日
「私は球を蹴ったことがないから、技術者として話をしました。技術者というのは料理人もサッカー選手もだいたい同じ。あの子は何かにつけて言うことを聞いてくれた」
07年のある試合後のインタビューで「後半疲れてバタバタした」と口にした香川に対して、秀島氏は「それなら走り込まんかい」と叱咤(しった)した。すると香川はオフの間、正月三が日を除いて毎日30キロを走り込んだという。「5、6キロ走るのかと思っていたら違うんです」。徹底した香川の姿勢に、秀島氏は目を丸くした。
「人生で一番大事なアドバイス」‐。秀島氏がそう語る出来事がある。27得点を挙げJ2得点王に輝き、C大阪のJ1昇格に大きく貢献した09年オフ、香川のもとにはドイツから複数のオファーが届いていた。12月のある日、香川が秀島氏の部屋を訪れた。移籍に関する書類を代理人に送るためFAXを借りたいというのだ。秀島氏は首をかしげた。自分の部屋にもFAXはあるはずなのに。「何か私に聞きたいことがあるんじゃないかと思いました」。去就について尋ねたところ、香川は海外移籍への揺れる胸の内を明かした。
「俺やったら今は行かない。やめとけ」
秀島氏は迷いなく言い切った。香川は1カ月前の09年11月に、右足第5中足骨痛のため内固定手術を受けたばかりだった。さらにシーズン途中の欧州移籍となれば定位置争いも熾烈(しれつ)を極めることが予想される。
「そんな状態で行って役に立つと思うか。外国に乗り込むなら命懸けで行かなアカン。せっかくJ1に上がったんやから、一皮むけて7月に万全の体で行け。でも決めるのはお前や。両親とよく相談して決めなさい」
年が明けた10年1月、香川のC大阪残留が発表された。「また私の言うことを聞いてくれたのかな」。香川の決断に秀島氏は胸をなで下ろした。迎えた自身初のJ1で、香川は開幕から11試合7得点とゴールを量産。秀島氏の助言通り「一皮むけて」ドルトムントへの移籍を果たした。
ドイツへ旅立つ朝、香川は母親とスカウトとして香川獲得に尽力した小菊昭雄コーチ(現C大阪強化部課長)の3人で寮を訪れた。「半年間待ったんやから思い切ってやってこい。絶対大丈夫や」。はなむけの言葉を掛ける秀島氏にしがみついた香川の目からは、大粒の涙があふれていた。「小学4年生から泣いたのを見たことなかったと、お母さんもびっくりしていました。私との間に、込み上げてくる何かがあったんでしょうね」
香川は今も帰国するたびに寮を訪れる。「昨年の7月にも『寮長、腹減った。飯食わせて』と言ってやって来ました。けっこう私に甘えるんです。2人で抱き合うんですが、ジーンと伝わるもんがあります」。秀島氏はそう話して相好を崩した。
ブラジルW杯を目前に控え、香川は予想だにしなかった苦境に立たされているが、秀島氏に不安はない。「技術者は壁に当たった時、もう一回初心に帰るといいものが見えます。あの子はマンチェスターで26番をつけている。セレッソでの背番号で、初心に帰ろうという表れ。絶対に自分で打開します」
料理人とサッカー選手。年齢差はちょうど50歳。祖父と孫のような関係だが、2人は強い絆で結ばれている。秀島氏は言った。
「あの子は私の宝です」‐。
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